千葉工業大学などの研究チーム、複雑な時系列データを予測する次世代AI「HetAESN」を開発

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千葉工業大学などの研究チームが次世代AI技術「HetAESN」を開発

千葉工業大学、基礎生物学研究所、兵庫県立大学の研究チームが、複雑なデータパターンを予測するための新しいAI技術「Heterogeneous Assembly Echo State Network (HetAESN)」アーキテクチャを開発しました。この技術は、たくさんの情報が複雑に絡み合い、速く変化する情報とゆっくり変化する情報が混ざった「高次元・マルチスケール時系列データ」の予測において、従来のモデルを上回る性能を示しています。

HetAESNのアーキテクチャのイメージ図

AIの新しい形「リザバーコンピューティング」とは

近年、AIの中でも特に注目されているのが「リザバーコンピューティング(RC)」という技術です。これは、人間の脳の神経回路を模した「リカレントニューラルネットワーク(RNN)」の一種で、入力層、中間層(リザバー)、出力層から構成されます。リザバー内部の結合を固定し、学習を出力層の重みに限定することで、一般的なAI(深層学習)に比べて、より速く、少ない計算コストで学習できるのが大きな特徴です。この「学習効率の高さ」と、物理的な装置への組み込みやすさから、スマートフォンやIoT機器など、計算資源が限られる場所で動くAI(エッジAI)への応用が期待されています。

従来のAIが直面していた二つの壁

RCの代表的なモデルである「Echo State Network (ESN)」は、その高い効率性から注目されていますが、現実世界の複雑な課題、例えば画像や動画の認識、気象予測などに適用しようとすると、二つの大きな課題に直面していました。

一つ目は、データの「高次元性」です。これは、たくさんのセンサーデータや画像データのように、非常に多くの情報が同時に存在する状態を指します。このような多次元の情報を処理するには、AI内部のリザバーという部分を大きくする必要があり、それに伴って計算コストが非常に高くなってしまうという問題がありました。

二つ目は、「マルチスケール性」です。現実世界の現象は、短時間で大きく変化する速い動きと、時間をかけてゆっくりと変化する遅い動きが混ざり合っています。従来のESNは、これらの異なる時間スケールの情報を一律に処理しようとするため、複雑なパターンの変化を十分に捉えきれないという課題がありました。

HetAESNの画期的な工夫

これまでの研究では、高次元性に対応するために情報を分割して処理する「Assembly ESN (AESN)」や、マルチスケール性に対応するために複数の異なる「時定数」を導入する「Diverse-Timescale ESN (DTS-ESN)」などが提案されてきました。しかし、これらの課題を同時に、かつ統合的に解決する技術はまだありませんでした。

そこで研究チームは、AESNの仕組みをさらに発展させ、各部分が異なる時間特性を持つ「時間的な不均一性(Heterogeneous)」を取り入れたHetAESNを考案しました。

HetAESNでは、高次元の入力信号をそれぞれの次元ごとに分割し、対応する複数の小さなリザバー(サブリザバー)に入力します。そして、それぞれのサブリザバーに対して、入力された信号の特性に合わせて最適な「時定数」を割り当てます。この時定数は、信号の速い成分や遅い成分といった固有の時間特性に適応するように個別に調整されます。これにより、各サブリザバーは入力信号の特性をより効果的に捉え、処理できるようになりました。

予測性能の検証結果

研究チームは、3種類の複雑な時系列システム(tc-VdP、Hindmarsh-Rose、tc-Lorenz)を使ってHetAESNの予測性能を検証しました。その結果、tc-VdPとHindmarsh-Roseのタスクでは、HetAESNが従来のESNやAESNに比べて、統計的に見て明らかに高い予測精度を達成しました。

提案モデルと従来エコーステートネットワークモデルの予測性能比較

特にHindmarsh-Roseモデルでは、速い信号成分を扱うサブリザバーに高い入力スケール値が割り当てられており、HetAESNがタスクの時空間特性にうまく適応していることが示唆されました。しかし、tc-Lorenzタスクでは、HetAESNが従来のESNを下回る結果となりました。

性能差の理由を深掘り

タスクによって性能が異なる理由を明らかにするため、研究チームは「遅延容量(DC)」と「マルチスケールファジィエントロピー(MFE)」という二つの方法を使って分析を行いました。

各タスクにおける遅延容量の結果

遅延容量の分析からは、AIが過去の情報をどれだけ長く覚えていられるか(記憶能力)が、ある程度の時間(約43時点)を過ぎるとほとんど機能しなくなる可能性があることが分かりました。

各タスクに対するマルチスケールファジィエントロピーの結果

一方、マルチスケールファジィエントロピーの分析では、AIが情報を記憶できる有効な時間範囲内での信号の複雑さがどのように変化するかを評価しました。これらの分析から、tc-Lorenzタスクは他のタスクに比べて次元数(情報の種類)が多く、AIが有効に記憶できる時間範囲内での信号の複雑性が非常に高いことが明らかになりました。

このため、全体のリザバーサイズが限られている中で、入力次元を分割すると各サブリザバーのサイズが相対的に小さくなり、その限られた能力では複雑すぎる信号を処理しきれなかったことが、tc-Lorenzタスクでの性能低下の主な原因であると結論付けられました。この分析により、HetAESNの性能は「次元を分割して構造的に有利になる点」と「個々のリザバーが持つ表現力」のバランスに大きく左右されることが分かりました。

今後の展望

今回の研究は、高次元でマルチスケールな時系列データを効率的に処理するHetAESNという新しいAIモデルを提案し、その性能が「入力される情報の次元数」と「AIが記憶できる範囲内での信号の複雑さ」のバランスに依存することを明らかにしました。この発見は、AIのアーキテクチャを、現実世界のさまざまなタスクの特性に合わせて最適に設計するための重要なヒントとなるでしょう。

今後の研究では、合成データだけでなく、人間の生体信号やIoTセンサーデータなど、実際の高次元かつマルチスケールなタスクにHetAESNを適用し、その汎用性を検証していく予定です。また、tc-Lorenzタスクで明らかになった「表現力不足」の限界を乗り越えるため、AIの表現力をさらに高める新しい仕組みの導入が今後の課題となります。

用語説明

  • 遅延容量(DC): AIが過去の入力情報をどれだけ長く覚えていられるか(記憶能力)を測る指標です。

  • マルチスケールファジィエントロピー(MFE): 時系列データの「不規則さ」や「複雑さ」を、複数の異なる時間スケールで測る分析方法です。

論文情報

本研究成果は、2025年12月15日に「IEEE Access」にて発表されました。

  • 雑誌名: IEEE Access

  • 論文題目: Heterogeneous Assembly Echo State Networks for High-Dimensional, Multiscale Time Series: Dynamic Analysis via Delay Capacity and Multiscale Fuzzy Entropy

  • 著者: Sota Yoshida, Takahiro Iinuma, Sou Nobukawa, Eiji Watanabe, and Teijiro Isokawa

  • DOI: 10.1109/ACCESS.2025.3639721

  • URL: https://ieeexplore.ieee.org/document/11275682

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